12月15日 伝達能力が不足?

久しぶりのブログである。サボっていたと言われれば、その通りなのだがcoldsweats01、楽していたわけではないpaper。今日、議会の一般質問が終わったのだが、この質問原稿を書く時間をとることさえ難しい状況であったbearing。結局、議会初日の7日と二日目の8日に2夜連続で徹夜して原稿を仕上げるという有様だったdown

2夜連続の徹夜はいつ以来だろうか、と考えてみると、おそらく5年前の東名高速道路car集中工事の現場以来と思われる。月曜の朝起きてから水曜の朝に眠るまで約48時間おき続けた。まだまだいけるもんだなと思いつつも、もうこんなのはカンベンである。

で、肝心の質問だが、どうにも質問と答弁が噛み合わず、再質問しても噛み合わずsweat01、残念であった。これまでも質問の思いと答弁が少しズレてるなと何度か感じたことはある。しかしここまでというのは初めて。明らかに思いが伝わらなかった。フラフラwobblyの頭で質問を作ったのが悪かったのか?単なる国語力の低さが原因なのか?分からないが、期待した答弁が出なかったので、また角度を変えて質問する必要があるだろう。

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11月23日 おんまの郷の出発式

大桑第三土地区画整理事業完工記念式典および祝賀会に出席する。地元の区画整理事業の完工であり、改めて大桑町に思いをはせると、随分発展したなぁとしみじみ思えてくる。会場には区画整理組合関係者、地権者、地元町会の方々、工事関係者と実に多くの方々で埋め尽くされている。その中で、祝賀会で乾杯のご挨拶をする。

多くの関係者が11年かけて生み出した我が子のようなこの町、「おんまの郷」をこれからまた皆さんと一緒にさらに大きく育てていきましょうといった主旨のご挨拶をさせてもらう。これからまだ必要とされる事柄、要望が出てくるだろう。微力ではあるがおんまの発展に力を尽くしたいと思う。

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11月22日 金沢青少年ボランティア元年?

091122_105601_2金沢市ともしび賞贈呈式、金沢市福祉ボランティア奨励賞贈呈式並びにボランティア功労者構成労働大臣表彰等伝達式に出席する。ともしび賞は長年に渡り福祉の活動を続けられ、功績のあった方々や団体を表彰するものであり、昭和62年から続けられている賞である。

福祉ボランティア奨励賞は今年から設けられた賞で、ボランティア活動に頑張っている小中高校生の団体に送られるものである。今年は夏にボランティアの日を設けるなど、金沢市にとって青少年ボランティア活動の節目となる年といっても過言ではないだろう。ボランティア活動に頑張る子供たちがもっと増え、明るい金沢を作っていって欲しい。

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11月19日 雪国向きの公園

新潟県長岡市の子育て拠点施設「てくてく」を視察する。この施設は、公園の一部という位置づけなのが特徴で、長岡市が建てるときに国交省の公園事業として2分の1の補助をもらっている。あくまで「屋根つき公園」ということなのだが、中身は完全な福祉施設である。うまくやったなぁという感想だ。下足入れが100人分という作りなのだが、5月5日のオープン以来大人気で、既に12万人が利用しているというからオドロキである。

屋根つき公園という発想は日本海側ならではともいえ、金沢でも活かせることがないか考えてみたい。

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11月17日 歴史都市1号の仲間

091117_143901三重県亀山市を視察。亀山市は金沢と同じく国の歴史都市認定第1号を受けた市である。ちなみに歴史都市認定第1号は他に高山市と彦根市、萩市がある。これらの5都市が認定を受けたときから亀山市が認定を受けたのかずっと疑問を持ち続けていた。そこで認定のなぞや経緯についていろいろとお話を聞かせてもらい、現地視察もさせてもらった。

亀山市には東海道五十三次の宿場町が3つあり、それぞれ亀山宿、関宿、坂下宿である。そのうち、特に関宿(せきじゅく)が当時のまちなみを残している。その関宿を案内してもらった。写真は昭和59年から現在までの約10年ごとのまちなみの変遷をパネルにしたものである。少しずつまちなみを整えてきたことがよくわかるつくりになっていた。ちなみに隣の亀山宿は昭和50年代から現代まで近代化の方向にまちづくりを進め、結果、両者のまちなみには大きな差が生まれている。

ただ、どちらが正解であったかは今は言い切れない。ちなみに関宿では見た目は歴史的風致を維持しているが、建物内は近代的暮らしになっている。当たり前といえば当たり前だろうし、そうでなければ維持できないだろう。

なんといっても興味深かったのは、現在、年間30万人くらいの観光客しか来ないのだが、極端な「観光地化」は目指していないとの話であった。自分達の持つ「光」を磨くことに力を置くのだそうだ。それが尚更良いことだと感じた。

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11月14日 ぞくぞく出てくる

091114_105401今年で3回目となる土清水塩硝蔵の発掘調査の現地説明会に参加する。一昨年、昨年は塩硝を貯めていたとされる硝石御土蔵(しょうせきおんどぞう)跡の発掘調査が主であったが、今年は辰巳用水の水流で水車を回し、その動力で硝石をすりつぶしていたとされる搗蔵(つきぐら)跡の発掘調査が行われた。左が発掘された痕跡の写真である。次々と塩硝蔵の全貌が明らかになってくる。

土清水塩硝蔵跡は「火薬製造工場」であり、ここまで大規模なものは全国的にも珍しいそうだ。金沢の宝の一つとして今後も注目していきたい。

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11月8日 議長代理で挨拶

第42回金沢市母子寡婦福祉大会に出席する。例年そこでは来賓として議長の挨拶があるのだが、今回議長代理として私が祝辞を読んだ。私がそのような大役を果たすようなことはめったにないことである。通常、議長が式典に出られない場合は副議長が、副議長もだめなら委員長が代理で挨拶することになっている。それでもダメなら副委員長に話がくるのだが、かなり珍しいといえる。なかなかできない経験をさせてもらった。

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11月5日 加賀万歳おもろいよ

上堤町復活記念式典に出席する。11月1日に下新町と上堤町がともに旧町名復活を果たした。1年くらい前にこの町名が復活すると聞いたとき、旧町名に馴染みがない私にはとても違和感があったのを覚えている。議会質問しようかとも考えたほどだったが、いろんな方の話を聞いていくうちに徐々に考えは変わっていった。旧町名復活は懐古主義ではなく、このまちの歴史に光を当て、まちの個性を取り戻す、そんな取組なのだと理解している。そして自分の住むまちに対する捉え方が変わればコミュニティーへの参加意識も変わってくるのではないだろうか。

さて、下新町、上堤町の両式典ともに加賀万歳が披露された。「町尽くし」という演目で、金沢の町名がいくつも出てくるのだが、町を歩いているように順番に出てくる。聞きながら「ああ今あの辺りか」と想像しながら聞くとなかなか面白い。多くの人に聞いてもらいたい芸能である。

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11月3日 一本道

091103_110201_2朝、金沢市の空手道大会に向かう。開会式での挨拶をする予定だったが、体育館を間違えるというポカをやらかし、慌てて会場に向かうも開会式には間に合わなかった。遅れて会場入りし、まずは大会役員に謝る。少し試合を見てから失礼し、金沢市文化ホールにて行われた金沢市文化賞、産業功労賞、社会福祉功労賞贈呈式に出席する。それぞれ3名、3名、1名の総勢7名が表彰された。一つの分野で道を究められ、金沢市の発展に力を尽くされた方々である。

金沢大学の理学部物理学科で教鞭をとられた鈴木先生もその中の一人であり、超低温物理学の研究で活躍されたと紹介があった。理系人間の私は聞いただけで面白そうだなと思い、具体的にどんな研究なんだろうかなどと妄想していた。

先日9歳で大学入学した天才的な脳をもった人がテレビで紹介されていた。生物学の研究に精を出しているとのことで、ずーっと研究職で生きていけるんだろうなぁとうらやましく思って見ていた。道を究める人生の過ごし方は素敵だと思う。私の道は一本道だろうか?

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10月31日 建設と建築の違い

毎年恒例の崎浦公民館の文化祭に行く。いつもなら皆さんの歌を聞いたり、茶会のお茶をいただいたりしてゆっくりと過ごし、帰りに焼きそばや串焼きなどを買って帰るのだが、今日は時間がなくいつもよりやや短い滞在時間となる。でもしっかりと食べるものは買ってから帰る。ささっと食事をすませて玉川図書館30周年記念式典へ向かう。

記念講演として建築家谷口吉生氏の話を聞く。谷口氏は玉川図書館の設計者でもあり、今度の鈴木大拙館も手掛ける。これまで国内や海外で仕事した建物の写真などと共に話をお聞きする。質問タイムでは参加者から活発に質問が飛び交う。

もともと土木畑の私には、建築家のお話はとても新鮮に感じられた。一般の方には土木建設と建築は一緒と思われている方が多いが、微妙に違う。まちづくりを考えたとき、建築の視点がとても重要であると考えさせられた時間だった。ちょっと勉強してみよう。

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