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1月30日 恥ずかしい過去?

年に2回、活動報告を作成し、郵送したりメールで送ったりしている。ご縁をいただいた方すべてに送りたいのだが、なかなかそううまくいかない事情もある。

これまでなんで気がつかなかったのか分からないが、せっかくあるHPに掲載すればいいのでは、と先日思いつき、アップした。4号まであり、あらためて見返してみると、当時一生懸命作ったつもりの1号の出来栄えがヒドイ。掲載をためらうほどのものだが、これも私の歴史だからしょうがない。

もしこのブログを見て、活動報告を見てみようという気になってくれた方、1号から見ていただければ幸いです。

1月28日 いずれは合併?いやいやそれはないでしょ

090128_155401 石川中央都市圏議会連絡会に参加する。毎年この時期に開催されるこの連絡会は、金沢市、かほく市、白山市、内灘町、津幡町、野々市町の議員が一堂に会する会である。昨年は能登半島地震の翌年ということもあり、地震についての勉強会が開かれ、今年は昨年のサミットを受けてなのか「地球温暖化と中央都市圏近郊の気象」をテーマとした勉強会であった。その後、意見交換交流会にも参加する。他の自治体の議員さん方からお聞きするお話は新しい刺激にもなる。金沢市内にだけ目を向けがちだが、こういった機会は本当にありがたい。

終了後すぐ隣の部屋で行われている別の郷友会新年会へ。会合から会合への移動が歩きで30歩ほど。こういうめぐりあわせもありがたい。

1月27日 山頂の新年会

090127_193702 石川県ユースホステル協会の新年互礼会。今年から卯辰山にある金沢YH施設の管理運営を日本ユースホステル協会から委託させてもらうことになり、その話題で盛り上がる。というのも石川県YH協会の拠点施設として、これまで以上にさまざまな活動の展開が考えられるからだ。改革の第一歩として本格料理人が起用され、日本各地の他のYHとの差別化を図っている。

写真みたいにホテルで出されるような本格料理も作ることが出来る。お刺身は近江町市場の会社から仕入れたもので、とてもおいしかった。最後にごはんと味噌汁とデザートも出た。ある理事は同窓会で金沢YHを使う予定で、一泊二食にお酒つきで8500円とのこと。夕食はもちろん今日のような料理である。ちなみに通常通りの夕食を頼めばもっと安くなるのは言うまでもない。

今度友人が金沢に遊びに来るときはオススメしてみたい。

1月25日 金沢の宝を守る

090125_130601_2 26日が文化財防火デーというのはご存知だろうか。今日は小立野の天徳院での火災を想定して、崎浦分団、石引分団、市消防局などの合同で訓練が行われた。訓練開始と同時にホースバッグを担ぎ火点まで走る。数分間放水し、訓練終了である。表舞台は短いものだが、ここからが少々大変である。冷たい水でぬれたホースを巻いてポンプ車に載せ、分団小屋に戻る。水道水でホースを洗い、吊るして干す。手の感覚がなくなってくる。訓練で使って空っぽになったホースバッグには、いつ火災が起きても大丈夫なように再びホースを詰める。

このような訓練に参加していても、実際の現場で私がどれだけ役立てるかは分からない。だが、訓練がなければ全くの役立たずであることは間違いない。しかも火災はいつ何時起こるかわからない。今日のように寒い日や夏の炎天下での訓練こそが、もしもの時に役立つのだろう。だが、そうはいいながらも今日はとても寒かった。体を温める間もなく新年会へ。

1月24日 空き時間は苦手?

090124_154201 金沢市遺族連合会の新年会に出席。来賓が多いとのことで、最初の挨拶ではなく最後の万歳三唱をお願いされる。先日テレビで20代の方々に終戦の日がいつかを尋ねていた。驚くことに7割以上の方が答えられないという結果だった。嘆かわしい限りである。そのことに触れ、遺族会の活動の輪が広がることも祈念して万歳させてもらう。

次の予定は馳浩新春国政報告会。都ホテルを出て、ホテル金沢へ向かう。会場が近いとありがたい。ホテル金沢の入り口で、開始までまだ1時間半以上あるし、早すぎるかなと考え、なんとなくフォーラスへ入る。でも映画を見るほどの時間はないし、買いたい洋服があるわけでもない。お腹もすいてない。15分ほどウロウロして結局ホテル金沢へ。時間をつぶすのがヘタだなと自嘲気味に会場入り。入ってしまえば早すぎたといった感じはなく、寧ろいろんな方とゆっくり話す時間がとれて良い感じであった。

次の予定は新年会2つ。開始までまた1時間半ほどの時間があく。こんなことなら文庫本の一つでもコートに忍ばせておけばよかったと思いながら、本屋などで時間調整。空き時間の有効利用はこれからの課題かもしれない。

1月22日 なぜか重なるねぇ

今日、昼食を外でとった。たまたまカレー屋が目に付き、しかも初めて見るお店だったので、そこに入ることにした。だが、いわゆる金沢カレーではなかった。残念だなぁと思いながらおいしくいただく。

夜、家に帰ると「今夜はカレーよ」と妻の言葉。なんでも今日は「カレーの日」らしい。昔からちょくちょくカレーが重なることがある。なぜなんだろう。独り言でした。

1月18日 パネリスト

090118_113601 石川県青年団協議会が開催する第54回石川県青年問題研究集会の二日目午後にパネリストとして招かれる。この集会は県内の青年団の方々が集まって、社会の諸問題について勉強したり、話し合ったりするというもの。二日目の午前中は橋中前羽咋市長の講話であり、早めに着いたこともあって、30分ほどお話を聞かせていただく。

午後は分科会として、能登地区と河北地区、金沢地区の三つに分かれて「地域活性化のために青年や青年団が果たす役割とは」といったテーマで話し合った。私は金沢地区の担当。能登地区は元七尾市議の政浦氏、河北地区は元かほく市議の鶴見氏である。金沢地区の参加者は15名ほど。知っている顔が4、5名。

ご意見番として呼ばれた訳だが、頭ごなしに意見を押し付けるのではなく、みんなのホンネを聞き出すことを中心に話を進めた。生の声が聞けたと思う。あっという間の2時間で、まだまだ時間が欲しいと思った。またこのような機会があれば是非参加したい。

1月17日 一歩一歩前へ

090117_092001 連日の報道では国政の混迷が伝わってくる。年内に必ず衆院選があるため、与野党の駆け引きも激しくなり、自民党への風当たりも強くなっている。私も市議とはいえ、国政のことで各方面から自民党への叱咤の声をいただくことが多い。お叱りの声をいただいている内に襟を正していかねばならない。

今日は朝から馳浩代議士と笠舞方面をご挨拶まわり。現職の馳氏は、平日が国会のため週末しか金沢市内をまわることができない。私ができることと言えば出来るだけ効率よく挨拶まわりができるよう先導していくことである。馳氏には引き続き金沢の代表として、国会で「大きな声」で地方の現状を伝えていただきたい。みなさまのご声援お願いいたします。

1月12日 お湯が痛い

怒涛の三連休が終わった。「三連休」とは名ばかりで、新年会やら消防出初式やらでハードなスケジュールだった。いろいろとあったが、なんといっても2年連続の裸放水を無事に乗り越えられてよかった。昨年は分団の纏(まとい)を持って水に打たれながら目一杯振りあげた。今年は放水の筒先を持って天高く放水する役である。

一斉放水直前にフンドシ姿になる。とにかく寒い。昨年よりも明らかに寒い。待ち時間も寒くて仕方ない。放水を始めるとウオーッウオーッとうなり声を上げて気合を入れる。寒さや冷たさを声をだして紛らわす。そのうちに声も出なくなった。頭の中は「まだ終わらんのか」一色である。今思えばなんとも情けない。

放水終了後、タオルで水気をふき取り、上着を羽織って帰宅する。もちろん中はフンドシのまま。沸かしたての風呂に入り、体を温めるだけ温めて、新年会へ。昨年も感じたが、終えてみるととても清々しい。年に一度の禊(みそぎ)みたいなものかもしれない。

かっこいいことを書いているが、来年も張り切って「やります」と宣言しているわけではない。

1月5日 仕事始め

年明けから今日までを振り返ってみると、1日の朝起き会の元朝式から3日まで、市長宅訪問が無かったことを除けば、ほぼ昨年通りの忙しいお正月を過ごす。昨年はそのままの流れで仕事始めとなったが、今年は4日が日曜だったので、少し体休めができた。で、今日が仕事始め。まあ、仕事始めと言っても1日から活動しているから、形式的なものではある。とりあえず一区切り。

でもまだまだこれからが本番。怒涛の新年会ラッシュが待っている。最近ただでさえ体重体型ともにピンチなのだが、追い討ちをかけられることは必死だ。やりたいことはたくさんあるが、運動の優先順位を上げなければと真剣に考えている。つらいなぁ。

1月1日 希望こそ力

あけましておめでとうございます。2009年の幕開けですね。 今年は金沢市制120周年の年です。

首相が年頭所感で、「日本が世界同時不況の打破を世界で最初に成し遂げる国になる」とおっしゃってます。そうありたいものです。もちろん首相一人の力で成し遂げられる目標ではありません。国民一人ひとりが「他人事」でなく「自分事」として捉えることから始まると思います。

具体策はこれからでしょうが、「世界で最初に不況突破」、是非成し遂げたいものです。 そんな思いで今年一年も頑張りたいと思います。2009年に希望を持って。

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